ダブルピース日記~推しに健やかであってほしい~

地方在住の半茶の間。2018年は遠征できないので何も口を出す権利がありません

こんにちは、幕末Rock

超歌劇幕末Rock、ファイナル雷舞を見てきた
頭の中が飽和状態なんだけど、とりあえず思いつくことを書いて置こうと思う。
11月24日夜
11月25日昼夜
11月26日昼
 
11月29夜
11月30昼(夜は別の舞台行った)
12月1日昼
12月2日昼夜
12月3日昼夜
合計11回。何も悔いは無い。
黒船来航のとき、観たくても気が済むまで観られなかった。
今回は1回潰して別の舞台行ったけど、その舞台もすごく楽しかったから、後悔はない。むしろいい舞台をいっぺんに見ることができて得した気分。
こんなにいい終わり方をさせてもらっていいのか、と思うくらいだ。
 
感動とかそんな文字じゃ表現できないし、何かを書こうとしても文字になって出てこない。
とにかく、最高に寂しくて最高に楽しかった。めっちゃ笑顔で会場から出て、全身から湯気が出たような状態で熱にうかされたみたいに楽しい楽しいって言ってたくらい。
 
11回も見たから、つまり11回、龍馬に別れを告げられたし、お別れをすることになった。
大阪初演を見たときに、スタンディングで力を使い果たしながら、「大阪であと3公演、このフルパワーで過ごすのか」「あと10回、龍馬から別れを告げられるのか」と肩で息をしながら思った。
「自分たちを忘れないでくれ」と、11回言われた。11回、彼らを引き止めたい一心でWhat's Thisを歌った。
 
何度も繰り返して受取るとその感動が薄れてしまうのではないかと思ったけど、そんなことはなかった。
幕が上がるたびに幕末Rockは始まって、時間が動き出して、「じゃあな」と、幕が閉じていった。
今、私の幕末Rock用のアカウントでは色んな人が感想や、このキャラはこの場面でこんな動きをしていた、収録されない部分ではこんなアドリブがあった、と、記憶の穴を埋めるように、お互いが観てきたものを補うように、
それでいて何かに整理をつけているかのように、終演からずっとそんなツイートが流れ続けている。私はそう思ってる。
 
でも私は特に、この舞台についてつぶやけることは無かった。配信で観る人が居るからネタバレを防止する、というのもあったけど。
本当に1公演ずつ、爆笑して、叫んで、完全燃焼して、記憶が飛ぶくらいはしゃいで、ペンライトを振りすぎたが故の痛みを腕に抱えながら、半ばトリップ状態で劇場から出てきた。
11公演、見たからこそかもしれない。
日を追うごとに、手元からチケットは減っていった。幕末Rockの命が減っていくみたいだと思った。
宿で翌日の準備をしながら、それをどこか冷静に見ていた。悲しく思う自分を否定したかったのかもしれない。
何度も何度も超魂團の行方を見届けて、無意識のうちに心に整理がついていたのかもしれない。
ふらふらと夢遊病のような状態で宿に戻って、「楽しかった」という、間違えようの無い感情だけを抱えていられた。
 
身も蓋も無いことを言うと、そこにある全ては架空の存在だ。
役者がいて、デザインした人がいて、製品を作った人がいて、声を当てたひと、音楽を生んだ人がいて、それらが細胞や遺伝子のように合わさって生まれた存在だ。
それでもその舞台上にいる彼らは、「黒船来航」からいままでの間確かに全国津々浦々でライブツアーをして、英国留学をして修行をして、新政府発足で忙しく走り回っていた。
非実在だけど、ちゃんと実在した。ちゃんとその時間を過ごして、また壇上に戻ってきた。
 
外部舞台でダンスや当て振りを修練して、所属劇団の公演も出演して、声優ユニットとしても舞台に立って、以前よりももっと「高杉晋作」として完成させて、強くなって戻ってきた糸川君が、その例としてわかりやすいと思う。
それぞれが1年の中で過ごしてきた集大成をぶつけにきてくれた。
たとえキャストが変わろうと、話の進行上ででてこない人がいたとしても、「あの人があのキャラでよかった」と思える。全てにおいて。
 
沖田総司高杉晋作は病んで死ぬことも、坂本龍馬は暗殺されることも、土方歳三は銃弾に倒れることもなく、桂小五郎は一人で新しい時代に進まず、
黒船とも和解して良き友となり、直弼は死んでも蘇ってなんだか楽しそうにしているし、近藤さんは舞台にあがることが出来た。慶喜はあれから大人になることが出来た。
なんだか不思議な歴史だ。なんだこれは。
ありえないんだけど、ありえるし、ゲームともアニメとも、どの媒体とも違うのにちゃんと繋がっていて、どのメディアとも区切りや境目を作らない、不思議な作品だ。
(普通は、舞台版と原作はアカウントを分けたりするんですけど、何故か幕末Rockは同一アカウントで舞台もやってる)
でもそれがいい。それが大好き。
間違いは正すけど、人の心や考えを否定したりはしない。それがシナリオやキャラの行動の根幹にあるのも大好き。それは一番難しいことだから。
劇中のマッドハッターはあのままお茶会を続けるし、フック船長の船は沈まないし、ピーターパンは永遠の少年のままだし
寂しさを感じるのは、ファイナルで、ここで終わりといわれて、時間が止まるのは幕末Rockのほうで、進んでいくのは私のほうのはずなのに、何故か「置いていかれる」という気持ちがあるからだと思う。
生きてる意味がわからなくなって、身の回りのものを片付け始めて、人生の退屈さに耐え切れなくなって生きてることをやめようと考えてたときに出会った作品だからかもしれない。
私は幕末Rockのお陰で三年目に入ったいまでも生きてるし、外を普通に歩けてるし、めんどくさがりながらも人の形状を保ってるし、
幕末Rockきっかけで仕事やめて全然ちがう土地で出稼ぎしてみたり、っていうか幕末RockのためにPSPも買ったんだった。
 
根腐れ起こしたクソヒキニートがあるていどの収入があるバイト探して働いて遠征手配して遠出して遊んでけっこう無茶したりするという謎の行動力を手に入れたりして、
何より幕末Rockを好きな人と知り合えて、いろんなところに行ったし、やったことがないこともやってみたりしたし、なんか性格自体変わった気もする。
なんなら今、別のジャンルとかコンテンツをまたいでもアホなことを言い合える友人もいるし、
その人から布教されたジャンルに手を出そうとしてたりするし、(我が強くて信用してない人の話は一切聞かないのでこれはすごいことなんだ)
とにかく得たものは多い。これまでの人生はなんだったんだと思えるくらいありえない濃度で色々なものを得た。
慶喜KIMERUさん)が、「得たものはあった?」とこちらに聞いてきたときは正直言って私の小せえ目は涙でブワー!ってなってたから前とか何にも見えてなかった。魚眼みたいだったなアレ
ほんとにすっげえ沢山のものを手に入れたよ。幕末Rockが無かったらどうしてたんだろうって思うレベル。
 
 
あーーーーーうまく文章にできない。何か考えると、「これまで考えないようにしてたんだな」と言うのがわかってしまうくらい、涙が出てくる。
普段人前じゃあ絶対に泣かないんですよ。ブスだから。人に脆いところを見られるような気がして。あとブスだから。
でも、なんかどうでも良くなるくらい涙がでてしまって、何が原因の涙かはわからないんですけど。
嬉しいんですよ。こういう風に血の通った作品の、血の通ったものの口からちゃんと言ってもらえて、嬉しいんです。
でも、それを言われてしまうと、悲しくて寂しくて、でも、出てくる涙は悲しいから出てくる涙じゃないんですよ。
ありがとーーー!!!って叫ぶことが出来る場を用意してくれて本当に嬉しかった。小さな声だっただろうけど、あの場にいる全ての人にありがとうって言ってた。
たぶんこれ嬉しいんだ、喜びで流れてきた涙かもしれない。
 
あの時のライブ会場に戻ることは出来ないけど、いろんな製品とかを見返したとき、ふと振り向いたときに、幕末Rockはいつでもこっちに手を振りかえしてくれると思う。「おーい、元気か~」って
友人と話をすれば、楽しかった記憶もなにもかも思い出せるし、また楽しいこともできる。
でも寂しい。
 
宿で、いろんな人の感想ツイートとかを見ながら自分もつぶやいて、そこで改めて自分の考えてることとか抱えていることと向き合うことになって、ボロ泣きして、
ただでさえ会場で泣いて崩れてるメイクを落とさないまま、泣きつかれてそのまま寝オチした。枕に敷いたタオルに涙で溶けたアイメイクがしみこんでてマジで怖かった。ロールシャッハテストかよ。
(気が付いたら朝だったし部屋で行き倒れてたので風邪引いたぜ)
 
 
ありがとう、幕末Rock
ありがとう、超魂團と、ペリーと、近藤さん、慶喜と直助を連れたフリー素材のお兄さん。
舞台の会場でリリイベで、あなたが私たちに向かって作ってくれるパネルを探すのが楽しみでした。
制作会社の方々、製品を作った皆さん、ご出演された声優の皆さん、彼らをデザインして身体を与えた方々、音楽を作り魂を入れた人達、その音を生かすためにとんでもないスピーカーを用意してくれた音響さん
幕末Rockを、あれだけ形を変えながらも確かに幕末Rockとして成立させてくれた演出・脚本の方。
初演から、再演から、キャラの肉体となり、そのものとなり、舞台に立ってくれた役者の皆さん。そして、それを支えている関係者の皆さん。
どれが欠けても、この愛すべきトンデモな、この素晴らしい作品はなかったと思います。
 
なんか、「みんな」で楽しめたなあ
劇場で、照明さんがペンライトを振ってこっちに見せてくれたり、音響席にもペンライトがあったり、上演中に観客といっしょになって笑ってたり、
前説でも観客をキャストとして扱ってくれたり、不思議な感じ。
カーテンコールがこんなに長く続くのも、開演前に演者がスタッフさんに呼びかけるのも、終わった後にスタッフさんにありがとうって叫びだすとか、
っていうか音響さんの個人名を知っていて、そこに対してありがとうと叫べるファンがあんなにいるって何なんだ本当に。ありがとうが過ぎる。
次元の壁と言うものがないんだな。境界はあるしそれは曖昧なものではないんだけど、通ることが出来ない壁というものはなかった。
誰かの頭の中にあった形のないものが企画書で文字になって、絵になって、それに音がついて声がついて、アニメで動いて、2.5舞台で肉体をもって出てきて、
それを観ている三次元側の私たちをキャストとして扱ってくれて、全てが現実になった、夢まぼろしのような空間だった
トチりとか、ハプニングがあっても、「あそこでミスをした」じゃなくて、「なんか良いものみたな」と思える作品。生きてる。
 
フェードアウトして、段々と、別れを告げることも無くジャンルから人が居なくなり忘れ去られていくのではなく、同じものが好きな人が一同に会せる場所を用意してくれて、
リアルタイム配信やアーカイブ配信で、遠い場所にいながらでも、同じものを観て共有できる、そんな場所まで用意してくれた。
涙を流しながらでも楽しいと思える、素晴らしい、最高のファイナルをありがとう。
大好きな作品にここまでしていただけるなんて、私は最高に幸せ者だと思います。
 
楽日に、ジャンル者でもないのに急に当日券で連れて来られた知人が、終演後に感想として「大人がいっぺえあつまってフルパワーでガチったもんだ面白くねえわけねえだろ」ってつぶやいてたんですけど、その通りだ。
そう、そうなんだよ。みんながみんなガチなの。だからこんなに最高でこんなに楽しいの。
 
 
とりあえず、マ~ベラスなエンタテイメントにお手紙を書こうと思って、文具屋に便箋を見に行ったんですけど、
「しゃらくせえな」と思ったのでレポート用紙と茶封筒を買ってきました。
脚本の人にも音響の人にも役者さんにもお手紙を送ったから内容がかなりかぶるかもしれないけど、もしパンパンの茶封筒が届いても不審がったりせずに受け取ってくれたらと思います。
お歳暮にハムとか送っていいなら贈り先を教えてください。
 
あと家に戻ってきて通帳も回収したし給料日も来るし受取る用意もするのでお手数ですが、今回物販で販売されていたような過去公演グッズ、今回の公演グッズなどの在庫をお持ちでしたら大変なお手数かとは存じますが公式通販などしていただけますと、
現地にいけなかった方々も、もっと幕末Rockに現金という確実なものを渡したい方々も大変助かりますので、是非お願い致します。
会場でレギュレーションあって持てなかったので、特にペンライト増やしたいのでお願いします。
なんなら非常用持ち出し袋にペンライトを入れたいのでお願いします。私以外の人の命も救えるはずだそれで。
 
これで終わらせたくないというのが本音なので、お別れムードにはせず、いつも通り、これまでと同じようにRockを生活の一部として暮らして行くぞ
なんかずっと涙でそうでこらえてるんですけど次に幕末Rock泣くのは、幕末Rockが本当の本当に世界から忘れられてしまった時だけにしようと思う。
もうみんな、どっかで「次はない」と思ってるのかもしれないけど、次の話をしてる。そういうとこが大好き。次はあるよ。
預かったRock、いつのまにか託された事になっていたけど、託されたということは次につなげるのはファンの行動ということではないだろうか。
 
一旦持っておくのではなく、次に向かって転がすのは我々なんだろう。生産者と消費者という構図という視点でも、もっと深いなんかこう、魂的な面でも。
 
実際、リリースイベントがまだあるから、あの面々が集まるところにはもう一度行くチャンスがある。
でも、超魂團のライブを、国や組織を超えたセッションをもう一度みたいのなら、あのおとぼけしながらも熱情を確実に投げつけてくる龍馬、座長を中心としてまた戻ってきて欲しいのなら、やらなきゃならん、
託された、預かった熱情はぜってーぶつけ返してやるけんな!!!
 
っていうか別に超魂團解散してないじゃん!!!ひょっこり戻ってくるでしょ!!「わぁるどつあー楽しかったぜよ~!」とか言いながら!!
次に向かって転がすしかないじゃん!!止まったら苔生しちまうから転がり続けるしかねえじゃん!!!
それまでアイアの天井は乗せておくから、また爆音スピーカーで座席揺らしながらRockしような!
ありがとう幕末Rock。これからもよろしくな!!!!!