ダブルピース日記~推しに健やかであってほしい~

脳直で物を言う地方在住の半茶の間。2018年は遠征できないので何も口を出す権利がありません

今日の外付け

「今日の外付け」は頭をすっきりさせるためのコンテンツです

(今日はちょっと普段のオタク記事とは違うよ)

考えながら記録しているので今回も話がドンドコ飛ぶ。正気で読むな。

 

 

私は他人に恋愛感情や性的欲求と言うものがあまりなく、経験の有無でなく根本的な部分から抜け落ちているように思う。

なんというか、そもそもその関係も感情も必要ないなと思う。

 

どこかで路線が切り替わる事も当然あるだろうし、家に帰ったら誰かが居るという安心感もあるのだろうと思う。

何かを分かち合ったり、意見を求めたり、助け合ったり、そういうのはいいと思う。

どう文字にすればいいのかがわからないが、私にとってのそれは別に異性の伴侶でなくてもいいし、人生に他人との性行為や繁殖が必要かというとそうでもないという…

 

 

私の言う「子供かわいい」は完全に外野の無責任な可愛がりであって、子育ての大変な面は妹VS母でしか知らない。

あと母、けっこうな傑物だし既に第二子なのでそこまで追い詰められた面を見ていない。手抜きではないがそこそこ適当(本来の意味で)にやっていたように思う。

 

そして、私にはやりたい事も身軽で有るべき理由もある。

言い訳といわれればそれまでだが(でもいつも思う。言い訳かどうかを他人が勝手に決めるんじゃねえと)

今の状態では交際関係や婚姻関係、そして子供を考えるという事は税金や法律よりも重い手枷足かせに思えてしまう。まあ望んでいないからだろうけど。

 

それから、こどもなどを抱えて生活が出来ると思えないのだ。

仕事を辞めるつもりがなくても大人二人、集ったところでどれほど稼げるだろうか。

この気質は変えられないので労働は続けるだろう。共同生活の上で必要ではない自分の物は自分で買い、自分だけの領域にしておきたいからだ。

 

子供を育てている人はどうやって生きているのだろうか。

学業に関しての金を即キャッシュでなど払えない。卒業後、新卒のリッチとはいえない給料で百万単位の借金を長く返さなくてはならない。子供世代も20代にして数百万の借金を負うことになるのではなかろうか。どう貯蓄できるのだろうか。私には考え付かない。

「なんとかなる」で踏み出していけるとは思えない。私一人の事ではなく、絡んでくる人間が多すぎる。

 

妊娠したら、内臓に人間(の形となっている段階)が一人入った状態では労働は続けられない。

出産後も、内臓から人間が一人栄養を吸うだけ吸って「あばよ!」と出てきている上に内部器官が確実に損傷している。

産後の母の腹と妹を見て「どこに入ってたんだ、でけえな」と思ったものである。

体調がいつ戻るかなんてわからない。人間だもの。動物でもそうかもしれない。

そしてそれをまるきりわかっていない人間も山ほど存在して異性は想像がつかずの部分も多いだろうが、理解できないからといって軽んじていいわけではない。

 

とにかく、希望も見えない。展望も見えない。

探せば希望も助けもあるのだろうが、それが私に確実に降ってくるとは思えない。

ただでさえ危険が多い世界だ。守れる確証もないのに、自分の意思で生まれてくるわけではない生命を私は自分の命をかけて作る事はできない。

 

 ■

冒頭で「欲求がみたあたらないゾ」と書いたが、人との関わりを嫌うわけではない。

男にも女にも友人は居る。それだけだし、それでいいのだ。

「彼氏欲しい」「彼女欲しい」と思ったことがないため、出合いを求めてそういった催しに参加する男女の気持ちはわからない。

「彼氏ほしいんですよ~」には「彼氏が欲しい人なんだな」としか思わないし、それはそれでいいと思う。助けを求められるのなら手を貸すし、話も聞く。

催し自体に関しては「人数合わせで」などと誘われればお愛想でも会話に参加して、そこそこに飯を食い解散とする。同じ人数じゃないとバランス悪いみたいだアレは

 

別にその催しがあろうがなかろうが、出合いを求めている人間同士が目的の合致する人間との出合いの場として参加しているわけだし、幹事は大変だなあと思う一方で合理的でいいのでは、と思う。しかし私には催しの狙い部分は関係ない。それでいいのだ。

 

オタクという事を差し引いてもそれが決して「自分のため」「気分が上がる」などには繋がらないため化粧や着飾る事はしない。

容赦なく髪を刈り込むし、メンズ服を着るし、化粧は「やるか~」という時にだけする。

履きたい時だけヒールを履くし、堅い革靴も履く。

私は「私」だし、女性であるとは認めている。

しかし誰かのために女性である必要が有るとは思っていない。

ちなみにグルメでもなく車や時計宝石などにも興味が無いため元々そういうタチなのだと思う。オタクだけどアニメもほとんど見ないしゲームもわずか、部屋にはポスターの一枚もない。ふすまだからね。無理してまで貼ろうとは思わなかった。

 

やってみたけど、行ってみたけど、短期にでも継続してみたけど、まったく興味がわかなかった。

時計はちょっと中身を見てみたいけど元に戻せないと思うので触れない。

 

しかしながらありがたいことに「らしさ」を強要されたという記憶はあまりない。

あることには有るけど、NOと言えば面倒と思われたかそこまで食いさがる必要もなかったからか、しつこくされたり追求されたりということもなかった。

私と反対の環境に居る人の心はわからない。その人じゃないから。

なにか大変な事があるのだろうとは思うが、計り知れないので「理解していますよ」とは一切思わない。

 

レズビアンに対して、ゲイに対して、「もったいない」「男(女)の良さを知らないから」と言うあまりにも脳が性欲で満たされている発現を見る。

(これは某スポーツ選手のCOに対してのコメント)

男と女の良さ、というのはどこだろうか?好きになった相手とくっついただけであって、どれだけ股間が立派でも乳房が豊かでも、顔が良くても、金があっても、そのよさがわかったとしても打算や欲を抜けば好きでない人と連れ添っても仕方が無いだろう。

第一、男・女が「良くなかったから」「わからないから」同性と連れ添うわけではないだろう。

 

っていうかもったいないってなんだ?

その二人がくっつかなければ自分に、もしくは男性・女性に振り向いてくれるとでも思ってるのか?何も損なわれていない事に対して使う言葉ではない。

何故そんなに人に対していびつな関心が持てる?自分以外は全て他人だ。

その人から相談されたり、犯罪に手を染めるような事であるのなら物申すのもいいだろう。

しかし誰が誰を愛そうと、性別がどうであろうと、犯罪ではない。そして多くは匿名の無責任なコメントに助けや意見は求めていない。

何も咎められる事のない二人が結びついた事に関して、第一声に非難や煽りができる人間は一刻も早く消えて欲しい。

 

 

人類は地球上に億と存在する。全てが完全にわかりあえることは無理だ。

理解しようとつとめるのはかなりの労力だ。それが出来る人は凄いと思う。

しかし、いきすぎた物に関しては簡単に言うと、「ほっとけや」の一言である。

 

そして、履き違えも多く発生している

口論は議論ではなく、比較する点以外の条件が同じでなければそれは比較にはならず、

相手を追い詰めて閉口させるのは論破ではなく、「相手にするだけ無駄」という判断は逃げではない。

すべて、攻撃的な方が自分の身を守るために、自分が勝ったのだというポーズをとりたいがために言葉を悪用しているにすぎない。

言葉遊びの得意な国かもしれないが、言葉で人を遊んでいいわけではない。

 

 

無関心であるべきところと関心を持つべき所のウェイトが、どんどん狂って行っている。

 アレかな、自分が居る現実がつまらないから、他人をコンテンツとしてみて好き勝手に言うのかな。

オタクが三次元での交流に積極的でない部分について、「二次元に逃げてる」っていうけど、他人に簡単にヤジを飛ばしたりコンテンツとして無意識にでも消費して傷つけて放り投げて次に行く類の人間は「他人の人生に逃げてる」って感じだね。

 

あっこれか、これだわ、もうけっこう昔からある言葉なんだけど…

「余計なお世話」だ!

なんだ、けっこう昔からわかってるんじゃん。

それから、この言葉が要らなくなるような進歩はきてないってことだね。

 

 

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一時間キーボードを叩いて生成された文章です

う~ん、支離滅裂面白いからいいか